〜2000年秋・ブルゴーニュへの旅〜

ドメーヌ・アルマン・ルソー

 ドメーヌ・デュジャックの訪問を終えた時点で、次の訪問先であるドメーヌ・アルマン・ルソーとの約束の時間はだいぶ過ぎていた。
そのことをドメーヌ・デュジャックのジャック・セイス氏に話すと、「電話をしてデュジャックのところにいたと言えば大丈夫」といって笑った。そういえば、セイス氏とアルマン・ルソーのシャルル氏は、幼馴染だった。
 ドメーヌ・アルマン・ルソーに着くと、シャルル氏が出迎えてくれた。そこで、われわれは、彼から9月収穫前はなぜ訪問客を受け入れられないのか、懇々と説明された・・・。

ブルゴーニュの9月の季節

 9月の収穫の時期、ブルゴーニュの生産者は大忙しである。
 ドメーヌは、糖度計を使って葡萄の熟成度合いを計りつつ、いつ葡萄を収穫するのかという最終的な決断をしなければならない。しかも、収穫後にその年のワインを保管するスペースを確保するために、瓶詰したワインを出荷し、ワインセラーの樽を順次に移動していくという作業が行われる。

 ドメーヌ・アルマン・ルソーにわれわれが訪問した時、セラーではワインを貯蔵している樽の移し変え作業の真っ最中であった。
 樽を移し変える時に、澱は樽の底に残しワインの上澄みだけを移しかえる。ワインの入っている樽の下にワインの抽出口があり、そこから次の樽にパイプでつなげられている。 
 そして、ワインの入っている樽の上部から自転車の空気入れのようなポンプで圧力をかけるとワインは押し出され、次の樽に移動する。
空になった樽は、洗浄され、そして二硫化イオウで燻し殺菌される。二硫化イオウは、小指大ほどの大きさの白い結晶で、針金の先に取り付け、火をつけてから樽の中に差し込まれる。
 狭いセラーの中で二硫化イオウが燃やされるので、居合わしたわれわれは、息がつまり咳き込んだ。・・・。

「このような作業のただなかでは、訪問客を向かい入れる状態ではないので次に訪問するときは9月をはずしてくれ」と言ったシャルル氏は、咳きひとつしない・・・。ワイン造りは、重労働の連続。美酒造りの裏方を垣間見た気がした。

樽からの試飲

セラーの中をシャルル氏に案内されわれわれは、順番に樽から試飲をした。
樽には、二つの数字が記されており、左の数字は年号を表し、右の数字はアペラシオンを表す。たとえば、「91」は、1999年シャンベルタン、「92」は1999年クロ・サン・ジャック、「90」は1999年シャンベルタン・クロード・ベーズというように。

 まずは、澱引き後のワインを試飲した。最初は、村名のジュブレ・シャンベルタン。澱引き後2週間ほど経過している。
 シャルル氏は、さかんに「ファティゲ!ファティゲ!(ワインが疲れている)」といっていた。このように疲れている状態だと、試飲しても正しい判断は難しいということだった。
 それでも、試飲するととても美味しく感じる。1998年などに比べると明らかに果実味が違う。
1999年は、どんな年ですか?とシャルル氏に聞くと「ボナネ(良い年)」という答えが返ってきた。やはり1999年のブルゴーニュは、当たり年であると実感した。
 さらに1999年ジュブレ・シャンベルタン・プルミエ・クリュ・カズティエ。1999年クロ・ド・ラ・ロッシュ。1999年クロ・ド・リュショット・シャンベルタン。約3ヘクタールのリュショット・シャンベルタンのうち、1.1ヘクタールがクロ・ド・リュショットでドメーヌ・アルマン・ルソーの単独所有(モノ・ポール)。
 どれも美味しく感じた。
 セラーの中を移動して、澱引き前の樽から試飲をした。これらの澱引き前のワインは、口に入れると微発泡を感じる。マロラクティック発酵が終わると、炭酸ガスが溶け込み微発泡を感じるが、澱引きし樽の移し変えを行うと消えるそうだ。確かにこの澱引き前のワインは、まだ、ワインの形をなしてはいない。花に例えると、蕾の段階で一体どんな花が咲くのか予測しがたい。
 それでも、シャンベルタン・プルミエ・クリュ・クロ・サン・ジャックは、潜在的な力を感じる。このクロ・サン・ジャックは、プルミエ・クリュであるにもかかわらず、シャルル氏にとって、シャンベルタンに次いで思い入れが強いワイン。
 シャンベルタンは、閉じていた。飲み頃になるには最低10年は、さらに、15年、20年、30年待つ必要があると言われた・・・。

 栽培に関しては、35年くらい前には、化学肥料が入って来て流行ったが、現在では使わない。
酵母も自然酵母を使用。発酵温度は、33℃から34℃になると酵母が死んでしまうため、温度が上がり過ぎると冷やす。
 樽熟1年後に澱引き。樽に関しては、ローストは、強くしない、中間から少し弱い程度。アリエール産のフランソワ・フレール社製の樽を使用。
 ちなみに、この樽の業者はブルゴーニュでかなり人気があり、フランスの長者番付にのるほどだと言う。
収穫は、毎年40人ほどで行う・・・。

醸造所

 試飲が終わった後、醸造所に案内してもらった。
ところ狭しと近代的な設備が置かれていた。こんな設備は、大手のネゴシアンでなければ持っていない。中規模のドメーヌにこのような設備があるのに驚いた。最新式の水平の発酵タンクは、発酵が進みすぎてあまり良くないとシャルル氏は言っていた。

 赤ワインの発酵中、果皮が上部に浮き上がる。これを果帽といい、一日何回か、この果帽を押し下げる作業をする。
昔は、櫂棒で押したり、ピジャージュといって足で果帽を押し下げていた。
 この発酵タンクは、水平方向にタンク内が回ることにより果帽が押し下げられるのだが、必ずしも便利な機械がワイン造りに良い結果をもたらすわけではないということだ。

 この微妙な違いを見分ける繊細な職人としての感性が素晴らしいワイン造りに結びつく。

シャルル氏のこだわり

 私は、シャルル氏が9月の訪問客を断るのは、忙しくて煩わしいというような単純な理由ではないと思った。

澱引きされて樽に移されたワインは疲れて力がなくなってしまう。そんなワインを試飲させたくない。訪問する人たちにベストな状態でワインを試飲してもらいたいという職人としての魂がそう言わしめるのだと思う。

 それでも、この収穫前の忙しいと時期に訪れて、何か普段では見られない裏方を見たような気がして、わたしにとって非常に興味深い訪問であった。・・・このような状況下でわれわれの訪問を受け入れてくれたシャルル氏に感謝したい。
 最後に、事務所でワインのボトルにサインをしてもらった。
ボーヌのワインショップで買ったクロ・デュ・リュショット・シャンベルタンは、車での移動中に温度が上がり、ふいた状態になってしまった。
 ルソー氏からかなり怒られた。

ピノ・ノアールは、われわれが普段日本で考えている以上に繊細で保管に関して神経を使う必要がある。

 私はブルゴーニュの巨匠の偉大で繊細な感性に触れることができた。このようなシャルル氏の職人としての魂をまた自らのものにして行きたいと強く思った。

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