クロード・デュガの畑を後にしたのは、丁度昼の12:00時であった。
われわれは、前日ボーヌのスーパーで買ったブルゴーニュ名物のジャンボン・ペルシエとフランス・パン、果物、そしてワインを携えてクロ・ド・ランブレーの畑の真上にある小高い丘に向った。
空は雲ひとつ無く、ちょっとしたピクニック気分。抜けるような青い空に照りつける強い太陽の光、頬をぬけるカラッとした乾いた風は、なんとも心地よい・・・・。
ブルゴーニュ地方の気候は、年間を通じて雨量が少なく、春から夏にかけて葡萄の生育期間は、日中は日差しが強く太陽の恵みを葡萄は十分に受け取り、夜間は冷え込む。この内陸性気候と呼ばれるブルゴーニュの気候は、昼間と夜との寒暖の差が激しく、ブルゴーニュワイン特有の繊細で気品のある良質の酸を葡萄にもたらしてくれる。文字通り天の恵みである。
この晴れた日のブルゴーニュの強い日差しは、今から3年前に、はじめて私がブルゴーニュを訪れた時のことを思い出させる。
その時期日本は、ワインブームの真っ只中であった。
しかし、私は、その当時、日本のワインマーケットに幻滅し、仕事としてワインに取り組むのはやめようとまで悩み、考えたことがあった。そして、ワインの仕事をやめるのなら、最後にブルゴーニュの畑でも見ておきたいと思い、この地を訪れたのだのだった。
しかし、ブルゴーニュの畑を廻り、強い太陽の日差しと乾いた風は、私の痛んだ心を癒してくれた。
・・・この恵みの太陽の下で毎年、葡萄が収穫されワインが造られる。ブルゴーニュの畑は、歴史的に営々と受け継がれ、そして将来に向って一日一日歴史を刻み込む。
そんなゆっくりとした時間の流れの中で、確実に動く歴史の動輪を目の前にして、肩の力がスット抜け、少し元気になった。・・・。
ブルゴーニュの天候は、葡萄だけではなく人にも元気を与えてくれる。
ドメーヌ・デュジャックは、モレ・サン・ドニ村の家並みの一角にある。
宿泊したホテルからは歩いて1分もかからない。車を置いて徒歩で訪れた。
約束の14:00に着くと、建物の二階の応接間に通され、まもなく、ジャック・セイス氏が現れた。
以前、ドメーヌ・デュジャックを訪問した人の話では、醸造責任者がセラーを案内してくれて、最後に玄関でセイス氏が挨拶に顔をだした、という話を聞いていた。
今回も同様に、セラーを案内してもらって最後にセイス氏と握手でもして帰ってこれればればいい思っていたが、セイス氏自らがテスティング・グラスを取りわれわれをセラーに案内してくれたのだった。
樽からの試飲は、次のもの。
1999年 Chambolle-Musigny
1999年 Morey St Denis
1999年 Gevrey Chambertin Aux Combottes
1999年 Clos Saint Denis
1999年 Echezeaux
1999年 Bonnes Mare
ドメーヌ・デュジャックのワインを樽から試飲したのは、はじめてであった。
口に含むと、輪郭のはっきりとしたシャープなワインのスタイル。まるでアルコールの強いスピリッツを飲んだときののような辛さを伴うデュジャックのワインは、自己主張が強い。畑の個性が絵に描いたようにくっきりと表現されている。
その点を質問すると、90年ころに葡萄を植え替え、その成果が出てきた。という答えであった。
セラーの奥の一角に、ボルドーワインのコレクションも置かれていた。その数は相当な本数。セイス氏自身は、ワイン生産者である以前にワイン愛好家であった。
このセラーを見ていると、ドメーヌ・デュジャック全体がジャック・セイス氏のコレクションに見えてくる。セイス氏は、パリジャンで、父親は、大手菓子会社のオーナーであった。子供の頃、よくブルゴーニュにいっしょに連れてこられ、ジュブレ・シャンベルタンのシャルル・ルソー氏とは、小さい頃からの友達だそうだ・・・。
1967年彼は、モレ・サン・ドニでドメーヌを創立する。その名は、ジャックのドメーヌ(Domaine de Jacques)、すなわちドメーヌ・デュジャック(Domaine
dujac)である。
はっきりとした輪郭のあるスタイルのデュジャックのワインを飲んでいると、ふとボルドーワインとの共通性を感じるときがある。
ボルドーワインは、ワインが造られる地域の土着性から離れ、一つの芸術品としてそのスタイルを確立してきたと思う。元来ボルドーのシャトーは貴族が所有していた。そして、ある一時期イギリスの支配下にあったため、多くのボルドーワインは、イギリスで消費されていた。そんなことが、ボルドーワインからワインが本来持つ土着性を剥ぎ取ってしまったのかもしれない・・・。
私は、デュジャクのワインにもワインの土着性をあまり強く感じない。土着性に対置されるものは、芸術性である。「クロ・ラ・ロッシェ、ドの発音はきれいではない」といって”クロ・ド・ラ・ロッシェ”から”ド”を抜いてしまったところに、セイス氏の芸術家魂を見る思いがした。

さらに、セラーの奥の一角で次のワインをボトルから試飲した。
まず、1998年Gevrey-Chambertin、1998年Morey-St Denis、そして、グラン・クリュの1998年 Clos St
Denis、 1997年Clos St Deni。
さらに、クロ・サン・ドニのヴィンテージの古いものを出していただいた。1985年Clos St Denis。85年は、80年代のブルゴーニュ最大の当たり年で、もはや市場では見つけることは不可能。
凝縮した果実味が熟成し、一つの液体と化している。素晴らしいワイン。そして大満足。
ここでおしまいかと思っていたら、さらに、1976年Clos St Denisが出てきた。これには、ビックリした。ストックの中から非常に貴重なワインをわれわれのために出してくれたのだ。
「昨年は、もう少しドライな印象であったが、タンニンが溶けこみいい状態になってきている」という説明をうけた。
クロ・サン・ドニの試飲中、ヴォルネイのユベール・ド・モンティーユ氏が偶然現れた
香りは、ブルゴーニュの最高峰のワインに出あったときのものと同じ。
心が体から離れ天上の世界に引き込まれていくような錯覚を覚える。一つの宗教的な体験にも似た精神的境地に導いてくれる。
中世の時代、ブルゴーニュの畑は、キリスト教の中でも戒律の厳しいシトー派の僧侶達の手によって守られていた。
まるでシトー派の僧侶の精神が乗り移ったようなワイン。ブルゴーニュワインの真髄に触れたように思った。
・・・4年前に、デュジャックの78年クロ・ド・ラ・ロッシェを飲んだときと同じであった。
私はこのことを今回の訪問を要請するための手紙で書いていた。
「・・そのパーティーに氏がお持ちいただいた1978年のクロ・ド・ラ・ロッシェをはじめとするワインに、非常に感動しました。それらのワインから、私は、まるで聖なる泉が湧く深い森の中を聖霊に見守られながら歩いているような感動を受けました。かつてブルゴーニュのシトー派の僧侶たちが、体験したであろう精神的境地を知ることができました。・・・・。」
この私の気持ちがセイス氏に通じた結果、彼は、76年クロ・サン・ドニを出してくれたのだと思った。
そして、そのクロ・サン・ドニが、モレ・サン・ドニ村の人々にとって”聖ドニ”の名が付けられているグラン・クリュの畑であることから、最も大切なワインであると通訳のHさんから説明を受け、私は心の底から感激した・・・・。
私は、ジャック・セイスがかつてワイン愛好家であったこと、そして生産者になってからもその精神が受け継がれていることに、非常に共感を覚える。
帰国してからあるお客さんに、1977年デュジャックは、ワイン造りに失敗したとして自らが販売したワインに対する支払を放棄した、という話をきいた。77年といえば、彼の長男が誕生した年でもある。彼は一体どんな思いをして、この年を過ごしたのであろうか。その後、デュジャックのエチケットのデザインは変えられた。・・・。
私は、ここにセイス氏の岩をも通すような熱き情熱を感じないわけにはいかない。
デュジャックのワイン
まさか、最初からセイス氏が案内してくれるとは思っていなかったので、私は緊張し終わりまでコチコチに固くなってしまった。・・・。
手渡されたグラスは、テスティング・グラスでは無く、リーデルの赤ワイン用グラス。こんなところにもこだわりがある。
階段を降りて建物の一階の入り口を入ると、ワインの出荷作業が行われていた。収穫前の今の時期、収穫後のワインのストック場所を作らなければならない。そこで、どこのドメーヌでも出荷の作業が大忙しである。さらに地下に降りてワインセラーを案内してもらった。