
次に、地下のワインセラーに案内された。少し急な階段を下りていくと、長さ20mほどの長方形の部屋に整然と樽が並べられ、昨年収穫された1999年のワインがその中に眠っていた。
試飲は、ジュブレ・シャンベルタンのヴィラージュ(村名ワイン)から始まった。
グラスに注がれたワインを口に入れた瞬間、思わず「美味しい」と声が出てしまう。昨年1998年のデュガのワインを樽から試飲させてもらったが、明らかに1999年は、出来が違う。濃厚な果実味が口の中に広がる。
次にプルミエ・クリュ、プルミエ・クリュ・ラボー・サン・ジャック、グラン・クリュ・シャルム・シャンベルタン、グラン・クリュ・グリオット・シャンベルタンの順に試飲をしていく。
畑に下りたつと、葡萄の幹の部分は人間のこぶしほどの大きさでかなり樹齢が古いのがわかる。
しかも、葡萄の房や葉を見ると、他の畑の葡萄の樹と比べるとひとまわりほど小さい。何で、こんなに小さいのか?とデュガ氏に尋ねると、ぎりぎりまで葡萄の樹にストレスを与えているからだ、という答えが返ってきた。
一つの樹に8房つけ、それ以外は落としてしまう。これは、葡萄の収量を落とし品質にこだわった生産者にしか出来ないこと。
収量が増えればそれだけ販売できる量が増えるわけだから、一般的には、もっと葡萄の房をつける。


9月の収穫前に生産者を訪問して収穫前の葡萄を食べさせてもらうと、その年のワインの出来、生産者の栽培にたいする考え方、畑の個性、などが、良く分かる。
以前、シャサーニュ・モンラッシュの生産者を訪ねたとき、除草剤を使い化学肥料を使っている畑と有機肥料を使用している畑を見たことがある。その違いは、見た瞬間に分かる。
前者の化学肥料を使用している畑の土は、カチカチに固く(つまり土中に酸素が行き届かず微生物も棲まない)、葡萄の房はばらばらに付き、葡萄を食べると酸味がつよく貧弱な味がした。
他方、有機肥料を使っている畑は、手で掘り返させるくらい土もやわらかく、葡萄の葉や房も均一に成長し、味も甘くて美味しく、酸味も豊かで、そのままワインにしても美味しいと感じるくらいの旨みがあった。やはり食べても美味しい葡萄からは、いいワインが出来るのだと、そのとき実感した。
デュガ氏の隣の畑の葡萄は収穫前にも
熟していない
葉が黄色いところは石灰質の土壌
新樽が整然と並ぶワインセラー
地下セラーにて
デュガ氏が作る収穫前の葡萄


いくつかのドメーヌのワインを飲むとき、そのドメーヌが目指しているワインのスタイルは何か?と考える。
そして、このドメーヌの目指しているワインのスタイルは何かイメージする。クロード・デュガのワインを飲み、また、ロバート・パーカーなどのアメリカのワイン評論家が、彼のワインを評価していると聞くと、デュガ氏のワインのスタイルは、果実味が濃いだけでエレガンスとは無縁だ、と思う人もいるかもしれない。
しかし、直接、クロード・デュガに目指すワインのスタイルは何か?と聞くと、「エレガントなスタイル」という答えが返ってくる。だから、樽にローストもかけない。
果実味の濃さが、デュガのワインの持ち味だと考えている人がいるとしたら、それは、彼のワインのスタイルを見誤っていることになるだろう。彼のワインの果実味の濃さはむしろ、彼自身が自然と向き合い、葡萄栽培家として真剣に勝負していることの証であると思う。
果実味の濃さだけを基準にしてデュガのワインのスタイルを評価し、95年や96年と97年、98年のワインを比べて、スタイルが変わったなどと解釈する人もいるかも知れない。
しかし、これらの意見は、クロード・デュガのワイン造りを理解している意見とは思えない。98年を樽から試飲した時、「98年は、過去のどの年に近いか?」と質問すると、彼は「毎年、違う。人間の子供と同じで、同じということは無い。」と言ったことを思い出す。
彼のワイン造りは、毎年毎年、全力を尽くし、決して手を抜かない。100%真剣に自然に挑み葡萄を作るが故に、気候的変動も正しく彼のワインには反映されるのだと思う。
1999年のクロード・デュガのジュブレ・シャンベルタンを今年の5月に試飲した。抜栓して、約1時間30分すると、昨年に樽から試飲したグリオットのような濃厚な果実の甘味が出てきて驚いた。そして、このワインの果実味の正体は、彼に畑に連れて行ってもらい収穫直前の葡萄を食べたときの自然な果実味そのものであった。これだけ、果実味が自然に残る理由にSO2の使用量が少ないことも理由に挙げられる。
しかし、だからこそ、保存状態が少しでも悪いと、デュガのワインの本質は、失われてしまう。かくもデリケートなワインそれがデュガのワインの本性である。
クロード・デュガの畑にて
葡萄栽培は、ワイン造りの命
クロード・デュガのワイン造りの真髄
ドメーヌ・クロード・デュガ

ドメーヌ・クロード・デュガには、午前11時のアポイントをとっていた。丁度、ピッタリの時間に到着すると、クロード・デュガ氏より先に愛犬のイリスが出迎えてくる。
〜2000年秋・ブルゴーニュへの旅〜
収穫された葡萄は、アルコール発酵をした後、ここの樽に入れられて冬を過ごし、翌年の4月に地下のセラーに樽ごと移される。
順に畑の個性がはっきりと出てくる。華やかで外向的なシャルム・シャンベルタンに比べ、グリオットが持つ内向的で丸みのあるスタイルは、少しエロティックな魅力。口に入れるとまるで生チョコのような濃厚な果実味は、1999年素晴らしい出来の年であることを物語っている。
昨年訪問したときよりも早く試飲が終わってしまい、落胆していると、畑に連れて行ってくれるとのことで、大変ビックリした。
実は、昨年訪問したとき畑を見たいと申し出たが断らたのだ。、今回は、畑をわれわれに見せるつもりで、試飲の時間を短縮していたのだ。なんと感激!!
愛犬イリスを乗せたデュガ氏の車に先導され、われわれは、ジュブレ・シャンベルタンの畑に向った。
葡萄を食べてもいいかと聞いて葡萄の房を取ろうとして手に触れた瞬間に、プチッと葡萄の皮がはじけ破れた。
ワインの教科書に「ピノ・ノアールの葡萄は、果皮が薄く、また、実が密集しているため、病気になりやすく栽培が難しい品種である」という説明が在る。
しかし、今回、グラン・クリュを含めいろいろな畑の葡萄を見たが、房に手を触れただけで実がはじけたのは、デュガ氏の葡萄がはじめてである。彼が作る葡萄は、それほどデリケートなのである。
口に入れると甘味があり美味しい。
「生食用の葡萄は甘く、ワイン用の葡萄は食べても美味しくない」とある本で説明されるが、実際に食べてみるとそんな事はない.。いいワインになる葡萄は、食べても美味しい。
生食用の葡萄よりワイン用の葡萄は、多汁質であり、酸味に品がある。しかも、甘味は、十分にある。
でなければいいワインにならない・・・と思いをめぐらせながらデュガ氏が所有する畑のとなりの別の所有者の葡萄を食べてみると、これが口が曲がるほど酸っぱく、水っぽく、薄くて、不味い。
こんな葡萄から造られるワインは、平板で奥行きが無く、無味乾燥で、力が無く、何の面白みもまったくない無い、色つきジュースのようになるのだろう。しかも、ジュブレ・シャンベルタンとして瓶詰めされる・・・。
こういう葡萄を食べると確かに生食用の葡萄の方が美味しく感じても仕方が無い・・・。
同じ畑なのにこんなにも葡萄の出来が違うのか!
信じられないほどの驚きであった。そして、ここにデュガ氏のワイン造りの真髄を見た気がした。
そして、さらに、バタール・モンラッシェ、モンラッシェ、シュバリエ・モンラッシェの葡萄を食させてもらった。
シュバリエ・モンラッシェの葡萄には、非常に気品のある酸味があるのに驚いた。この葡萄からワインを造れば、繊細で気品あふれるあのシュバリエ・モンラッシェのワインが出来ることを理解できる。
そして、モンラッシェは、まるく厚みがあり一番甘さが強い。これだけ甘味が強いとアルコール発酵(糖分をアルコールに転化する)後、力強く器の大きいモンラッシェのワインとなることは、容易に想像がついた。
「ワイン造りの80%は、葡萄栽培にある」という言葉が格言のように思えてきた・・・・・。
はじめてクロード・デュガのワインを飲むと、その果実味の豊かさに驚く。
ブルゴーニュのワインは、同じピノ・ノアールから造られるのに、なぜ、これほど風味が違うのか?いつも疑問であった。
今回、畑を見せてもらって一つの疑問が解けたように思う。彼の収穫まえの葡萄を食べてみれば、良く分かる。
彼が造るワインの豊かな果実味の源泉は、収穫まえの葡萄の中に宿っているのだ。